昨日(11/27)は行きたかった宮城県石巻市の震災遺構の小学校を巡りました。
震災遺構 石巻市立大川小学校。モダンな形の学校が無残な姿に。校外に避難後に生徒78名※及び先生10名が亡くなっています。ご冥福をお祈りします。※4名の行方不明を含む。
屋根の上より高い津波が到達。たまたま二つの方向から津波が来て、それもあってこれ程の破壊。北上川すぐ近くの低地に立地し、建てた場所が問題ありだったようです。批判する立場にないですが…。(現在、周辺の低地は非居住地域に指定。)
教室と体育館のわたり廊下、これほどまでに破壊…。
子供たちのかわいい絵が癒し。11年以上経ているのに、ずいぶん真新しいです。実は業者が無償で被災した当時そのままに再塗装。
大津波到達時刻を示す時計。
よく後方の山に避難していれば助かったのでは…見たところ、斜度30度以上で降雪時でもあり、小さい子どもには、地震発生から約50分で来た津波の時刻までには不可能です。校長以下の先生方を批判は及ばないと思います。ただ、避難計画ほとんど無かったのは大問題。
次は、震災遺構 門脇小学校。石巻駅からなんとかバス・自転車かタクシー10分程度で行けて公共交通でお越しの方でも見れる所です。(大川小学校はクルマ以外不可能)
ここも3階建ての最上部まで津波到達、その後の津波火災※で2階の半分まで全焼。人的には適格な避難誘導ができており、在校生の死者はなし。
※津波で流され、押し寄せた車の燃料やプロパンガスのボンベ等により火災発生と推定。
大川小学校では柵の外から眺めるのみですが、ここは有料で校舎内に入れ、博物館のようになっています。
机や椅子が焼けて消滅…。(観察用の立体廊下より)
写真をほとんど撮る気にならず、1時間じっくり見学。なんと、仮設住宅の体験ができます。
4畳半アパートを彷彿。実は壁に落書きなど、実際に使われていた物で生活感あります。
数百年に一度の、いつ来るかわからない大地震・大津波に備えることは大切、このような「伝承目的の施設」を維持し、未来に伝え、多くの人が見学することは防災・減災の観点から重要だと思います。
この日に列車撮影や観光などもしましたが次回に記載します。